私の人生と後ろに並ぶ人々のカルマとのかかわり

昨日ブログに書いた方が昨晩施療を始めた時から二人目までの方とコンタクトが

出来たと始めメール、詳しくは電話が来た。

クライアントは日ごろから高い能力を持って、謙虚に普通の人としての人生もしっかり送って

おられる信用できる人である。

私の読み取りでは始めクライアントの首と頭部に気を送れとの指示をウエから受けた

頭部の後ろから電気信号のような物がキラキラと光りながら、バーッと首筋を下に降りて行った、

彼女は13面体水晶鍼を昨日のように握っている。

その時彼女は「後頭部の首に近い部分がモワモワとざわつき、

背骨から腰が少し軋む感じがありました。そしてサポーターの

一番目の方がしばし話をされました。」とメールをくれた。

私は昨夜の読み取りが不十分だったこともあり、「もう少し待ってください」とメールで返し

集中的に読み取りをして、こちらの資料を作った。それは、昨晩一番目に現れたサポーターの

無念のカルマの人生を探り何が最後のたった一つのカルマなのかを探り当てた。

一番目のサポーターは病を得た為人生を掛けて、大変な思いをして手に入れた歴史的にも

重要なポジションを失ったらしい。

「ここで病気を手術することで直し生きる事を獲得したら私が欲しかった人生を

貴女は邁進してくれるか?」と言う事であった。これを確かめてからクライアントに電話をした。

夜に彼女も同じような事を言葉に出して言われたようだ。

しかし、クライアントはサポーターの為の人生を送っているわけではない、ましてや

今は時代が違う。クライアントはクライアント自身の人生を生きなければならない。

クライアントの人生の中でサポーターがいかに自分のカルマを克服するかは

サポーターの問題である。クライアントがサポーターの為に何かをしてあげるのではない。

私はこう生きますよ、よろしければご自分の力で私の人生のこの時を使ってご自分のカルマを

消して下さい。と言う事で良いのだ。

サポーターにその力が無ければまた次のチャンスを待つために天国に御帰りになれば良い事だ

私たちだって、自分の人生をサポーターに即して使って下さいなんてことはしなくて良いし、

お願いすることは無い、全て自然にゆだねます。人間の欲もカルマである。我々は自分に出来る事を

自分の人生で粛々と行っていくのみである。

もう一つ言っておかなければならない事がある、それは、我々素の魂の人生から

サポーターがみごと自分のカルマを消すことが出来て、光になれた場合はわれわれ素の魂に

福音と幸せを惜しみなく与えてくれることも事実である。

私たちは知らないうちに、ただ人生を歩むうちにサポーターから多くの福音を受ける事を

忘れてはならない。