謎がとけた。

f:id:amanokotone:20210424022321j:image新潟の此方の神社が
f:id:amanokotone:20210424022326j:image今注目の宇エネルギーNO12の神社だが
f:id:amanokotone:20210424022317j:imageここの石にこんな絵が掘ってあった。実は今日の山口のお焚き上げ隊のお二人が

此の謎を解いてくれた。

f:id:amanokotone:20210424022751j:imageこれは山口県の南原寺の雪舟作の鍾馗様(しょうき)だそうだ。

メールをコピーさせてもらうと、

 

南原寺に、ショウキ様が、祀ってあると説明がありました。
疫病が、流行った時は、ショウキ様が、治されたとの説明もありました。


当寺の鐘像は室町時代に山口に滞在していた雪舟が当寺に滞在した時に彫った鐘像と伝えられ、雪舟の割り馗(真板鐘馗)と呼ばれている。
雪舟が南原寺に滞在した時は非常に暑い夏で、築庭中に村人達とウナギを取って食べようという事になり、村人はウナギを取りに行き雪舟は包丁を研いで待つことになった。


村人がなかなか帰ってこず退屈した雪舟は暇つぶしに真板
に鐘馗大臣の像を彫った。
雪舟が寺を去った後、雪舟の鐘馗大臣として祀ると参拝した者が御利益ではなく不幸や病気が悪化したりした。又、
夜な夜な鐘像が音を立てて動いていたので鐘の力が強すぎるのだろうと当時の住職が真板の鐘像を割ったと伝えられている。以来、ご利益の効験が大きく多くの参詣を集めたといい、寺に参詣できない重病人や老人の為に刷り絵としても送付していた。

鐘馗の刷り絵の話を聞きつけた江戸在勤の耕
が疱瘡除けのお守りとして所望したいと寺社奉行を通じての書状が届き、礼状と一緒に当寺に保存されている。


中々面白い話である。

西の京の山口は当時の有名人が多数訪れる場所だそうだ。

 

此の記事を読んで新潟の有志がノートブログで

大牧 鍾馗大明神という。記事を書いてくれた。

けいすけさんの記事です。

素早い行動に尊敬。