鍛練、修練。奢りは邪魔。
お声掛けが無いけれど、あの感覚を忘れたくないので、実習編をやってみた。
やはりお声掛けが有るのと無いのでは、実際の感覚が違う。
前に上から言われた事がある。
「神は常に此の地球、またその人間を見ている。
此の地上に神の意思を反映させるには、其れを指示する神と実行者である、人間が必要だからだ。
昔は多くの者がおり、選べば良かった。
今は探しても育たない。
上手く育つには強い資質がなければならず此の資質を持つ者もまれで有る。」
有り難い事に神の御用をさせて頂くには、まだまだ
鍛練、修練が必要の様で有る。
その為の修行が待っているようだ。